四字熟語「玩物喪志(がんぶつそうし)」の意味と使い方:例文付き

言葉

今回ご紹介する言葉は、四字熟語の「玩物喪志(がんぶつそうし)」です。

言葉の意味・使い方・由来・類義語・対義語・英語訳についてわかりやすく解説します。

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「玩物喪志」の意味をスッキリ理解!

玩物喪志(がんぶつそうし):くだらないものにうつつを抜かして、大切な志を失ってしまうこと。

「玩物喪志」の意味を詳しく

「玩物喪志」は、「玩物」と「喪志」の2つに分けることができます。

「玩物」は、「おもちゃ」や「もてあそぶもの」を意味します。「喪志」は、本来の目的を忘れることを意味します。

 

この2つから成り立つ「玩物喪志」は、必要のないくだらないものに心を奪われて、本来の目的を忘れてしまうことを示します。そこから転じて、本筋とは関係の薄い些細な事に気を取られて、本質から遠ざかってしまうことも意味します。

 

たとえば、雑務や趣味に気を取られ、仕事がおろそかになってしまうことなどを指します。

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「玩物喪志」の使い方

  1. 他人からは玩物喪志に見えても、その趣味は彼の人生にとって重要だった。
  2. 練習をしないで、うるさく道具にこだわり続けるあの野球選手はまさに玩物喪志だ。
  3. 権力者は、様々なものを手に入れる余裕があるため、玩物喪志になりがちだ。
  4. 私の姉の玩物喪志な傾向は、なんとか直さなければならない。

「玩物喪志」の由来

中国最古の歴史書に『書経(しょきょう)』があります。この書物では、政治史や政治と宗教の関係について書かれています。下記の武王(ぶおう)という人物に関するエピソードに、「玩物喪志」の由来があります。

武王(ぶおう)という人物がいました。彼は、殷(いん)の国の王を倒して、周という王朝を樹立します。武王のもとには、様々な国から貢物(みつぎもの)が集まっていました。

ある日、旅(りょ)の国から人の心を理解できる犬が献上され、武王は大いに喜びました。しかし、家臣の召公(しょうこう)は、武王がその犬に心を奪われて、国政をおろそかにしてしまうことを恐れました。そこで「玩物喪志」と説き、武王をたしなめました。

本文では「物(もの)を玩べば(もてあそべば)志(こころざし)を喪ふ(うしなう)」と読み下されます。意味は、「物に気を取られていては、目指しているものを失ってしまう」となります。

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「玩物喪志」の類義語

玩物喪志には以下のような類義語があります。

  • 多岐亡羊(たきぼうよう):学問をする者が細かいことにとらわれると、本質を見失うこと。
  • 恍然自失(こうぜんじしつ):我を忘れ、物事の分別がつかないこと。

上記の類義語はどちらも、「些細なことにに気を取られ、本質的な事が分からなくなっている」という意味をもちます。

「玩物喪志」の対義語

玩物喪志には以下のような対義語があります。

  • 虚心坦懐(きょしんたんかい):先入観がなく、ありのままを素直に受け入れることのできる心の状態。
  • 格物致知(かくぶつちち):物事の道理や本質を深く追求し理解して、知識や学問を深めること。
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「玩物喪志」の英語訳

玩物喪志を英語に訳すと、次のような表現になります。

  • forgetting one’s serious objectives by becoming engrossed in trivial pursuits
    (些末なことの追求に夢中になってしまうことで、大事なことを忘れてしまうこと)
  • being distracted by trivial objects and losing sight of one’s original goal
    (些末なことに気を取られて、本来の目的を見失ってしまうこと)

まとめ

以上、この記事では「玩物喪志」について解説しました。

読み方 玩物喪志(がんぶつそうし)
意味 くだらないものにうつつを抜かして、大切な志を失ってしまうこと。
由来 『書経』
類義語 多岐亡羊、恍然自失など
対義語 虚心坦懐、格物致知など
英語訳 forgetting one’s serious objectives by becoming engrossed in trivial pursuits
(些末なことの追求に夢中になってしまうことで、大事なことを忘れてしまうこと), being distracted by trivial objects and losing sight of one’s original goal
(些末なことに気を取られて、本来の目的を見失ってしまうこと)

スマホの普及により、いつでもどこでも大量の情報を手に入れることができる世の中になりました。今私たちに求められているのは、その中から些末なものを取り除き、本質を掴みとる力でしょう。

いま一度、「玩物喪志」にならないためにはどうしたらよいのかということを考えてみましょう。

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