自然法爾とは「すべてのものは阿弥陀仏が示すものだということ」「自分の力を捨てて、阿弥陀仏の力に身を任せること」という意味です。
自然法爾は日常生活ではあまり使われないため、意味を理解する機会もなかなかありませんよね。
この記事では、自然法爾の意味や使い方、由来、類義語について詳しく解説します。
☆「自然法爾」をざっくり言うと……
読み方 | 自然法爾(じねんほうに) |
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意味 | すべてのものは阿弥陀仏が示すものだということ 自分の力を捨てて、阿弥陀仏の力に身を任せること |
由来 | 親鸞が書いた手紙『自然法爾の事』 |
類義語 | 自然法然 法性自爾 法爾法然 |
対義語 | 自力救済 自主独立 独立独歩 |
「自然法爾」の意味
- すべてのものは阿弥陀仏が示すものだということ
- 自分の力を捨てて、阿弥陀仏の力に身を任せること
自然法爾は、仏教の1つである浄土真宗(じょうどしんしゅう)で使われる専門用語です。
自然と法爾には、それぞれ以下のような意味があります。
- 自然(じねん)
おのずからそうである - 法爾(ほうに)
法則にのっとること
自然法爾には、2つの意味があります。
ここからは、それぞれの意味について詳しく解説します。
意味①すべてのものは阿弥陀仏が示すものだということ
自然法爾の1つ目の意味は、「すべてのものは阿弥陀仏が示すものだ」というものです。
つまり、世の中に存在するすべてのものは、阿弥陀仏の願いや知恵が反映されたものだということです。
阿弥陀仏とは、阿弥陀如来という名前の仏様のことです。
[出典:仏像ワールド]
意味②自分の力を捨てて、阿弥陀仏の力に身を任せること
自然法爾の2つ目の意味は、「自分の力を捨てて、阿弥陀仏の力に身を任せる」というものです。
つまり、自分の力にこだわるのではなく、絶対的な阿弥陀仏の力に身を任せるべきだという教えを説いています。
現代では、この意味での自然法爾が、「運命に身を任せよう」という広い意味で使われることもあります。
自然法爾を「しぜんほうに」と読むのは誤りです。
正しくは「じねんほうに」ですから、気をつけましょう。
自然法爾の「自然」は、草木などを指す自然(しぜん)ではなく、仏教用語でありのままの姿を表す自然(じねん)だからです。
「自然法爾」の使い方
すでに解説したとおり、「自然法爾」には2つの意味があります。
- すべてのものは阿弥陀仏が示すものだということ
- 自分の力を捨てて、阿弥陀仏の力に身を任せること
それぞれの意味の例文を見てみましょう。
使い方①すべてのものは阿弥陀仏が示すものだということ
「すべてのものは阿弥陀仏が示すものだということ」という意味の自然法爾は、以下のように使うことができます。
- 自然法爾の教えに従って、世の中のものについて考えてみると、私たちは仏の力によって生かされているということになる。
- 歴史の授業で、自然法爾の概念について学んだ。
使い方②自分の力を捨てて、阿弥陀仏の力に身を任せること
「自分の力を捨てて、阿弥陀仏の力に身を任せること」という意味の自然法爾は、以下のように使うことができます。
- 自然法爾の教えにのっとって、悪あがきをせずに、老後は阿弥陀仏に身を任せて生きようと思う。
- これから何が起こるかわからないが、自然法爾ということだし、なるようになるだろう。
例文②のように、この意味での自然法爾は、仏教用語としての意味合いだけでなく、「運命に身を任せよう」という広い意味合いで使われることがあります。
「自然法爾」の由来
「自然法爾」は、親鸞(しんらん)が書いた『自然法爾の事』という手紙から生まれた言葉です。
親鸞とは、浄土真宗を興したとされている人物です。
親鸞は弟子に宛てて、『自然法爾の事』というタイトルの手紙を送りました。
『自然法爾の事』には、以下のようなことが書かれていました。
自然といふは 自はおのづからといふ 行者のはからひにあらず
然といふは しからしむといふことばなり
しからしむといふは 行者のはからいにあらず 如来のちかひにてあるがゆゑに法爾といふ
法爾といふは この如来の御ちかひなるがゆゑに しからしむるを法爾といふなり
法爾はこの御ちかひなりけるゆえに およそ行者のはからひのなきをもつて この法の徳のゆゑにしからしむといふなり
すべて ひとのはじめてはからはざるなり このゆゑに 義なきを義としるべしとなり
この文章を現代語で要約すると、以下のようになります。
- 自然とは「ありのままに」という意味であり、本人の計らいではなく阿弥陀如来の計らいによるものである
- 法爾も同様に、阿弥陀如来の計らいによってありのままになることを表す
「自然法爾」の類義語
自然法爾には以下のような類義語があります。
- 自然法然(じねんほうねん)
①すべてのものは阿弥陀仏が示すものだということ
②自分の力を捨てて、阿弥陀仏の力に身を任せること - 法性自爾(ほうしょうじに)
①すべてのものは阿弥陀仏が示すものだということ
②自分の力を捨てて、阿弥陀仏の力に身を任せること - 法爾法然(ほうにほうねん)
①すべてのものは阿弥陀仏が示すものだということ
②自分の力を捨てて、阿弥陀仏の力に身を任せること - 無為自然(むいしぜん)
宇宙の原理にしたがって生きる - 天真(てんしん)
生まれたときの、飾り気や嘘のない純真な様子 - 自然体(しぜんたい)
力まずに物事に挑戦しようとする態度 - なすに任せよ
政府が企業の自由に干渉しすぎないことを意味する経済用語
「自然法爾」の対義語
自然法爾には以下のような対義語があります。
- 自力救済(じりききゅうさい)
自らの力で極楽浄土に達しようとすること - 自主独立(じしゅどくりつ)
自分の意思で物事を進めていこうとする態度 - 独立独歩(どくりつどっぽ)
他者に頼らず、自分自身の力で生きていくこと - 自力更生(じりきこうせい)
自分の力で物事を決める、という意味の社会主義国のスローガン
上記の言葉はすべて、自分の力で行動しようとすることを表します。
したがって、「自分の力を捨て、阿弥陀仏にすべてをゆだねること」を表す自然法爾の対義語といえます。
「自然法爾」のまとめ
以上、この記事では「自然法爾」について解説しました。
読み方 | 自然法爾(じねんほうに) |
---|---|
意味 | すべてのものは阿弥陀仏が示すものだということ 自分の力を捨てて、阿弥陀仏の力に身を任せること |
由来 | 親鸞が書いた手紙『自然法爾の事』 |
類義語 | 自然法然 法性自爾 法爾法然 |
対義語 | 自力救済 自主独立 独立独歩 |
自然法爾の意味が深まると、仏教で阿弥陀如来がいかに大きな存在となっているかがわかりますね。
読み方にも注意したうえで、自然法爾の意味や類義語なども正しく理解しましょう。