ことわざ「瓜の蔓に茄子はならぬ」の意味と使い方:例文付き

言葉

今回ご紹介する言葉は、ことわざの「瓜(うり)の蔓(つる)に茄子(なすび)はならぬ」です。

言葉の意味、使い方、由来、類義語、対義語、英語訳についてわかりやすく解説します。

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「瓜の蔓に茄子はならぬ」の意味をスッキリ理解!

瓜(うり)の蔓(つる)に茄子(なすび)はならぬ:平凡な親から非凡な子供は生まれないということ

「瓜の蔓に茄子はならぬ」の意味を詳しく

「瓜の蔓に茄子はならぬ」は、平凡な親から非凡な子供は生まれないという意味のことわざです。

また、ある原因からは、それ相応の結果しか生まれないという意味もあります。

 

瓜とは、キュウリ・スイカなどのウリ科の植物のことです。茄子はウリ科ではありませんが、形は瓜に似ています。

しかし、瓜のツルには瓜しか実らないのであって、形が似ている茄子でも瓜のツルに実ることはありません。このことを表現しているのが、「瓜の蔓に茄子はならぬ」です。

 

昔は瓜よりも茄子の方が貴重で高価でした。そのため、このことわざは「瓜の蔓に茄子ができたらいいな」という思いを込めて使用されました。

主に、自分の身内を謙遜(けんそん)するときに使う言葉です。このことわざを誰かに直接言うと、相手とその子供を「平凡である」と評価することになります。文脈によっては失礼にあたるので、使用する際には注意が必要です。

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「瓜の蔓に茄子はならぬ」の使い方

  1. うちの子供は運動があまり得意ではないので鈍臭いなと思っていたが、瓜の蔓に茄子はならぬで母親である私も同じだった。
  2. 瓜の蔓に茄子はならぬというのに、うちの子供は私より格段に頭が良い。

「瓜の蔓に茄子はならぬ」の由来

「瓜の蔓に茄子はならぬ」は、江島其磧(えじまきせき)による「傾城色三味線(けいせいいろじゃみせん)」の一部に由来しています。

江島其磧は、1670年頃に活躍した浮世草子の作者でした。浮世草子とは、江戸の町人階級の世相・人情を書いた小説のことです。

「傾城色三味線」は、5巻24話から成る江島其磧の処女作でした。

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「瓜の蔓に茄子はならぬ」の類義語

「瓜の蔓に茄子はならぬ」には以下のような類義語があります。

  • 蛙(かえる)の子は蛙:平凡な親からは平凡な子供が生まれるということ
  • 燕雀(えんじゃく)鳳(ほう)を生まず:平凡な親から非凡な子供は生まれないということ
  • 蝮(まむし)の子は蝮:子供の性質や能力は親に似るものだということ

「瓜の蔓に茄子はならぬ」の対義語

「瓜の蔓に茄子はならぬ」には以下のような対義語があります。

  • 鳶(とび)が鷹(たか)を生む:平凡な親から優れた能力を持った子供が生まれること
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「瓜の蔓に茄子はならぬ」の英語訳

「瓜の蔓に茄子はならぬ」を英語に訳すと、次のような表現になります。

  • Eagles do not breed doves.
    (ワシは、ハトを生まない。)
  • Of evil grain, no good seed can come.
    (悪い穀物からよい種子は出てこない。)

まとめ

以上、この記事では「瓜の蔓に茄子はならぬ」について解説しました。

読み方 瓜(うり)の蔓(つる)に茄子(なすび)はならぬ
意味 平凡な親から非凡な子供は生まれないということ
由来 江島其磧による「傾城色三味線」の一部が由来
類義語 蛙の子は蛙、燕雀鳳を生まず、蝮の子は蝮など
対義語 鳶が鷹を生むなど
英語訳 Eagles do not breed doves.(ワシはハトを生まない。)

似たようなことわざはたくさんありますが、どれも相手を言い表すときには使いません。使うときには注意が必要です。

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