ことわざ「賽は投げられた」の意味と使い方:例文付き

言葉

今回ご紹介する言葉は、ことわざの「賽は投げられた」です。

言葉の意味・使い方・由来・類義語・対義語・英語訳についてわかりやすく解説します。

「賽は投げられた」の意味をスッキリ理解!

賽は投げられた(さいはなげられた):ものごとが始まっており、もう後戻りができない状態のこと

「賽は投げられた」の意味を詳しく

「賽は投げられた」とは、「ものごとが始まっており、もう後戻りができない状態のこと」を表すことわざです。

「結果がどうなろうとも、途中で辞めたり後戻りしたりすることはできない状況」です。または、「今後のことやどう動くかをあれこれ考えている余裕などなく、断行するしかない状態」を表すこともあります。

「賽は投げられた」の使い方

  1. 君の発言によって、とっくに賽は投げられているんだよ。
  2. 賽は投げられたが、まだ交渉の余地はあると考えている。
  3. 周囲の反対を押し切って独立したのだから、賽は投げられたのだろう。

「賽は投げられた」の由来

「賽は投げられた」の「賽」とは「サイコロ」のことです。サイコロは博打でよく使用されます。

たとえば、サイコロを振る前に、出る目に賭けて、サイコロの出た目によって配当金が配られる博打があります。

そのサイコロが投げられた後には、賭ける目を変更したり、賭けを下りたりすることはできません。

賭けをやめたり、変更したりできないことから、「後戻りしたり、道を変えたりできない」という意味になりました。

「賽は投げられた」が最初に使われた場面

「賽は投げられた」という言葉が最初に使われたのは古代ローマ時代の戦争の中です。以下のようなエピソードがあります。

ユリウス・カエサルという軍人が、グナエウス・ポンペイウスという権力者に反旗を翻しました。ポンペイウスは、元老院という王に助言をする機関の人間でした。

元老院がカエサルに召喚命令を出して呼び出しましたが、カエサルはそれを無視して軍隊を率いだしたのです。

カエサルと軍隊が、北イタリアのルビコン川を越えたところで、 “alea iacta est” と言いました。

“alea iacta est” は、「賽は投げられた」という意味のラテン語です。

当時、北の防衛線として知られていたルビコン川を、軍隊と共に渡る行為は禁止されていました。

そのため、「ルビコン川を超えてしまった以上、もう後戻りはできない」という意味で、この言葉を言ったと考えられています。

「賽は投げられた」の類義語

「賽は投げられた」には以下のような類義語があります。

  • あとは野となれ山となれ:自分はするだけのことはしたのだから、後のことは知ったことではないということ
  • ルビコン川を渡る: もう後戻りはできないという覚悟のもと、. 重大な決断や行動を起こすこと
  • 人事を尽くして天命を待つ:自分の全力をかけて努力をしたら、その後は天命に任せるしかないこと

「ルビコン川を渡る」は、「賽は投げられた」と同じエピソードから生まれた言葉です。

「賽は投げられた」の対義語

「賽は投げられた」には以下のような対義語があります。

  • 白紙に戻す: 何もなかった元の状態に戻す

「白紙に戻す」は、「後戻りできない」という意味の「賽は投げられた」の対義語であると言えます。

「賽は投げられた」の英語訳

「賽は投げられた」を英語に訳すと、次のような表現になります。

  • The die is cast.
    (ものごとが始まったら、どんなことがあっても最後までやり通さなければならない)

“die” は「サイコロ」の単数形です。この英文は「賽は投げられた」と直訳することができます。

まとめ

以上、この記事では「賽は投げられた」について解説しました。

読み方賽は投げられた(さいはなげられた)
意味ものごとが始まっており、もう後戻りができない状態のこと
由来サイコロが投げられたら、賭けを下りることはできないことから
類義語後は野となれ山となれ
ルビコン川を渡る
人事を尽くして天命を待つ
対義語白紙に戻す
英語訳The die is cast.(ものごとが始まったら、どんなことがあっても最後までやり通さなければならない)

「賽は投げられた」の言葉の由来やエピソードまで覚えておけるといいですね。