故事成語「三人行えば必ず我が師あり」の意味と使い方:例文付き

言葉

今回ご紹介する言葉は、故事成語の「三人行えば必ず我が師あり(さんにんおこなえばかならずわがしあり)」です。

言葉の意味、由来、例文、類義語、英語訳についてわかりやすく解説します。

☆「三人行えば必ず我が師あり」をざっくり言うと……

読み方三人行えば必ず我が師あり(さんにんおこなえばかならずわがしあり)
意味三人で何かに取り組めば、良い手本と悪い手本の両方を見出せるということ
由来孔子が弟子との問答の中で説いたこと
類義語人の振り見て我が振り直せ、他山の石、反面教師
英語訳A man can always get a teacher if there are three people including me.

「三人行えば必ず我が師あり」の意味をスッキリ理解!

三人行えば必ず我が師あり:三人で何かに取り組めば、良い手本と悪い手本の両方を見出せること

「三人行えば必ず我が師あり」の意味を詳しく

「三人行えば必ず我が師あり」とは、三人で何かに取り組むと、見習うべき良い手本と、反省の材料となる悪い手本の両方を見出せるということです。

この言葉は、良い手本となる人だけを参考にするように促しているのではありません。悪い手本となるような人であっても、反省の材料とすることで自分にとっての学びとすべきであるという意味も込められている点に注意しましょう。

つまり、どんな人であっても「我が師」にすることが出来るため、観察することで様々な教えを得ることが出来るということを主張しているのが「三人行えば必ず我が師あり」であると言えます。

「三人行えば必ず我が師あり」の由来

「三人行えば必ず我が師あり」は、儒教の始祖である孔子という人物が弟子に説いた言葉です。これは、孔子と弟子との問答を書き記した『論語』という書物に収められています。

孔子が創始した儒教は、人間が道徳心を備えることの重要性を力強く説いていました。そうした人間になるために必要なことについて、孔子は弟子と問答を繰り返しました。

その中で、良い手本となる人や悪い手本となる人のどちらとも自分を改めるための材料にすべきだという考えを孔子は説きました。それが、「三人行えば必ず我が師あり」です。

「三人行えば必ず我が師あり」の例文

  1. 三人行えば必ず我が師ありという姿勢で、常に人から学びを得ることが重要だ。
  2. 良い人に習い、悪い人を反面教師とする。彼の姿勢はまさに三人行えば必ず我が師ありだ。

「三人行えば必ず我が師あり」の類義語

三人行えば必ず我が師ありには以下のような類義語があります。

  • 人の振り見て我が振り直せ:他人の行動の良し悪しを見て、自分自身も改めるべきであること
  • 他山の石:他人の誤った行いが自分の人格を高める助けとなるということ
  • 反面教師:自分にとって反省の材料となるような悪い見本のこと

「他山の石」と「反面教師」は、他人の悪い行いにのみ焦点を当てている言葉であるため、良い手本から見習うべきであるという意味は含まれていないという点に注意しましょう。

「三人行えば必ず我が師あり」の英語訳

三人行えば必ず我が師ありを英語に訳すと、次のような表現になります。

  • A man can always get a teacher if there are three people including me.

直訳すると、「3人の共同者がいれば、先生となる人を見つけられる。」です。意味を説明しているような英語訳と言えるでしょう。

まとめ

以上、この記事では「三人行えば必ず我が師あり」について解説しました。

読み方三人行えば必ず我が師あり(さんにんおこなえばかならずわがしあり)
意味三人で何かに取り組めば、良い手本と悪い手本の両方を見出せるということ
由来孔子が弟子との問答の中で説いたこと
類義語人の振り見て我が振り直せ、他山の石、反面教師
英語訳A man can always get a teacher if there are three people including me.

皆さまも、自分と関わる様々な人を師としながら、たくさんの学びを得てくださいね。