故事成語「心頭滅却すれば火もまた涼し」の意味と使い方:例文付き

言葉

今回ご紹介する言葉は、故事成語の「心頭滅却すれば火もまた涼し(しんとうめっきゃくすればひもまたすずし)」です。

この言葉は有名なので、一度くらい聞いたことがあるという人も多いのではないでしょうか。

意味を知っていないと、常識を疑われてしまうかもしれません。

そこで、「心頭滅却すれば火もまた涼し」の意味、由来、例文、英訳についてわかりやすく解説します。

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「心頭滅却すれば火もまた涼し」の意味をスッキリ理解!

心頭滅却すれば火もまた涼し:心の持ち方1つで、いかなる苦痛も苦痛と感じられなくなるということ

「心頭滅却すれば火もまた涼し」の意味を詳しく

「心頭滅却すれば火もまた涼し」とは、心の持ち方1つで、いかなる苦痛も苦痛と感じられなくなるということです。

具体的には、無念無想の境地に至れば、火さえもも涼しく感じるようになると言われています。

ちなみに、無念無想とは、心が澄みきって邪念が一切ない状態のことです。

そして、1582年に甲斐国(かいのくに)の恵林寺(けいりんじ)が織田信長に焼き討ちされた時、住僧の快川(かいせん)が「心頭滅却すれば火もまた涼し」と言って焼死したことは有名です。

 

ちなみに、「心頭」とは、こころのことです。

また、「滅却」とは、消し去ることです。

 

ちなみに、「心頭滅却」と略されることもあります。

また、「心頭を忘却すれば火もまた涼し」と表記されることもあります。

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「心頭滅却すれば火もまた涼し」の由来

「心頭滅却すれば火もまた涼し」の出典は杜荀鶴(とじゅんかく)の『夏日悟空上人の院に題す』という詩です。

この詩の中に、「安禅必ずしも山水を須(もち)いず、心中を滅し得れば自ら涼し」という言葉が出てくるのです。

ちなみに、これは「安らかに座禅を組むために、必ずしも山水が必要なわけではない。心の中から邪念を取り除けば、火でさえも涼しく感じるものだ」という意味になります。

杜荀鶴

杜荀鶴は晩唐の詩人です。

詩がうまく、朱全忠などから気に入られていましたが、権力におごっていたため、憎まれることも多かったようです。

「心頭滅却すれば火もまた涼し」の例文

  1. 心頭滅却すれば火もまた涼し。これくらいのケガはケガのうちに入らない。
  2. 心頭滅却すれば火もまた涼しとは言うが、やはり夏場にはエアコンが欲しいものだ。
  3. 心頭滅却すれば火もまた涼しという言葉の通り、集中している時には痛みを感じない。
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「心頭滅却すれば火もまた涼し」の英語訳

「心頭滅却すれば火もまた涼し」を英語に訳すと、次のような表現になります。

  • Clear your mind of all mundane thoughts, and you will find even fire cool.
    (心を澄まして邪念をなくせば、火さえも涼しく感じる)

まとめ

以上、この記事では「心頭滅却すれば火もまた涼し」について解説しました。

読み方心頭滅却すれば火もまた涼し(しんとうめっきゃくすればひもまたすずし)
意味心の持ち方1つで、いかなる苦痛も苦痛と感じられなくなるということ
由来杜荀鶴の詩から
英語訳Clear your mind of all mundane thoughts, and you will find even fire cool

本当に火が涼しく感じられるのかはわかりませんが、心の持ちようはとても重要ですよね。

どんな出来事でも前向きにとらえていきたいものです。

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