「慚愧(ざんき)」とは?意味や使い方を例文付きでわかりやすく解説

言葉

今回ご紹介する言葉は、熟語の「慚愧(ざんき)」です。

言葉の意味・使い方・語源・類義語・対義語・英語訳についてわかりやすく解説します。

「慚愧」の意味をスッキリ理解!

慚愧(ざんき):自分の言動を反省し、恥ずかしく思うこと

「慚愧」の意味を詳しく

慚愧は「自分の行ったことを恥じて反省すること」を意味します。一般的に「ざんき」と読まれますが、「ざんぎ」と読むこともあります。漢字も一般的には「慚愧」の字が使われますが、「慙愧」と書くこともあります。

「慚愧」を構成する漢字には、それぞれ以下のような意味があります。

・慚:自分の過ちを恥じると共に、善なるものを尊重すること
・愧:世間に照らして自分がなした過ちを恥じること
上記のような、自分の過ちを恥じるという意味をもつ漢字が2つ重なって「慚愧」という言葉が成り立っています。

そして慚愧は深い反省を意味しているため、この言葉には「同じ過ちを繰り返さない」という意味も込められています。

 

また、上記の意味以外にも、慚愧には「悪口を言うこと」という意味があります。文脈においてどのような意味で使われているか注意しましょう。

「慚愧」の使い方

  1. 私の不注意でこのような事件が起きてしまい、慚愧の至りです。
  2. 我が社が起こした不祥事については慚愧の念に堪えません。

慚愧という表現は、上記にあるような「慚愧の念に堪えない」や「慚愧の至り」という形で使われることが多いです。

「慚愧の念に堪えない」とは、「自分の行動を恥じる気持ちが我慢できない」という意味です。また「慚愧の至り」とは、自分の過ちを非常に深く反省している様子を表しています。

「慚愧」の語源

慚愧は元々サンスクリット語が語源であり、仏教界で使われていた言葉です。

サンスクリット語:インドなど南アジアおよび東南アジアにおいて用いられた古代語

仏教においては「慚」と「愧」は同時に生じる心の動きであり、心が善でないときは「無慚」と「無愧」という、自分の過ちを恥じない気持ちが生じると考えられています。

この「無慚」や「無愧」という表現が使われている仏教用語として、「無慚無愧のこの身にてまことの心はないけれども」という言葉があります。これは「罪を罪と感じず、恥じることなく生きている私に真実の心はないが」という意味で、過ちを恥じない自分の心を悪いものとして表現しています。

 

また、「慚愧懺悔(ざんぎさんげ)」という仏教用語も存在します。これは仏の前で今までの自分を反省し、罪を告白することで心を改めるという意味です。

このように、慚愧という表現は仏教用語としても、自分の過ちを反省するという意味で使われていました。

「慚愧」の類義語

慚愧には以下のような類義語があります。

  • 後悔:自分が行ったことを後で悔やむこと
  • 自責:自分で自分の過ちをとがめること
  • 痛恨の極みである:非常に悔やんでいる様子
  • 恥入る(はじいる):非常に恥ずかしいと思っている様子

上記の表現の中では、「後悔」や「自責」といった表現がよく使われます。「慚愧」はこれらの表現と比べ、さらに深く自分の過ちを悔やみ反省している場合に使用されます。

「慚愧」の対義語

慚愧には以下のような対義語があります。

  • 無慚:宗教的な決まりに反しても恥じないこと
  • 無愧:自分の悪い行いを反省しないこと

「慚愧」の英語訳

慚愧を英語に訳すと、次のような表現になります。

  • shame
    (恥・慚愧)

慚愧は「恥」と言い換えることができます。そのため、英単語ではshameが一般的に用いられます。また、「慚愧の念に堪えない」は英語では “be overwhelmed with shame” や “feeling deeply ashamed of oneself” といった表現で表すことができます。

まとめ

以上、この記事では「慚愧」について解説しました。

読み方慚愧(ざんき)
意味自分の言動を反省し、恥ずかしく思うこと
語源サンスクリット語・仏教用語
類義語後悔、自責、痛恨の極みであるなど
対義語無慚、無愧
英語訳shame(恥・慚愧)・be overwhelmed with shame(慚愧の念に堪えない)

このように、慚愧とは深い反省の念を表す表現です。漢字も難しく間違えやすい言葉ですが、意味や使い方を確実に覚えましょう。