ことわざ「百尺竿頭に一歩を進む」の意味と使い方:例文付き

言葉

今回ご紹介する言葉は、ことわざの「百尺竿頭に一歩を進む(ひゃくしゃくかんとうにいっぽをすすむ)」です。

言葉の意味・使い方・由来・類義語・英語訳についてわかりやすく解説します。

スポンサードリンク

「百尺竿頭に一歩を進む」の意味をスッキリ理解!

百尺竿頭に一歩を進む(ひゃくしゃくかんとうにいっぽをすすむ):既に頂点に達している上に、更に尽力すること

「百尺竿頭に一歩を進む」の意味を詳しく

「百尺竿頭に一歩を進む」は、既に頂点に達している上に、さらに尽力するという意味です。精一杯の努力や工夫をしただけでは満足せず、更に一歩進めようとする場合に使用します。

スポンサードリンク

「百尺竿頭に一歩を進む」の使い方

「百尺竿頭に一歩を進む」は、以下のように使用します。

  1. 彼は職場の中で優秀な人材だが、おごることなく百尺竿頭に一歩を進むように努力している。
  2. 試合で優勝したからといって、有頂天になってはいけない。百尺竿頭に一歩を進むように、練習を続けることが大切だ。
  3. 百尺竿頭に一歩を進むのは、普通の人にはなかなか出来ないことです。

このように、良い結果を残しても満足せず、更に上を目指す努力する場合に使用するということです。

「百尺竿頭に一歩を進む」の由来

「百尺竿頭に一歩を進む」の由来は、禅宗の書籍『景徳伝灯美録(けいとくでんとうびろく)』に登場する禅僧・長沙景岑(ちょうさけいしん)の言葉です。

「景徳伝灯美録」とは、多くの禅僧や僧侶の伝記を収録している書籍です。そのため、「1700人の公案(※1)」とも呼ばれていますが、実際には965人の伝記を収録しています。

百尺竿頭の「百尺」は約30mです。しかし数値としての意味ではなく、それほど長い竿の先という意味で使用しています。したがって、禅宗における長い修行で至った悟りの極地をたとえているということです。

どれほど高い境地に到達したとしても、命をも投げ出して衆生救済(※2)へ向かってこそ、悟りの意義があると言う意味が由来です。

  • 公案(※1): 中国で、古代から近世までの役所が発行した文書
  • 衆生救済(※2):仏道によって、生きているものすべてを迷いの中から救済し、悟りを得させること
スポンサードリンク

「百尺竿頭に一歩を進む」の類義語

「百尺竿頭に一歩を進む」には、以下のような類義語があります。

  • 百丈竿頭(ひゃくじょうかんとう):既に努力、工夫を尽くした上に、さらに尽力すること

「百尺竿頭に一歩を進む」の英語訳

「百尺竿頭に一歩を進む」を英語に訳すと、次のような表現になります。

  • Even if it reaches to an extreme of a summit, it is not being satisfied wither also aiming at progress.
    (極地に達した場合であっても、満足せずさらなる成長を目指す。)
  • The highest state of one’s enlightenment; the highest level one can attain.
    (達成することができる最高のレベルが、自己の最高の悟りである。)
スポンサードリンク

まとめ

以上、この記事では「百尺竿頭に一歩を進む」について解説しました。

読み方 百尺竿頭に一歩を進む(ひゃくしゃくかんとうにいっぽをすすむ)
意味 既に頂点に達している上に、さらに尽力すること
由来 『景徳伝灯美録』の長沙景岑の言葉
類義語 「百丈竿頭」など
英語訳 Even if it reaches to an extreme of a summit, it is not being satisfied wither also aiming at progress.(極地に達した場合であっても、満足せずさらなる成長を目指す。)

「百尺竿頭に一歩を進む」には、このような意味や使い方があります。「百尺」は「ひゃくせき」と読む場合もあるので、注意しましょう。

スポンサードリンク