刑法には、違いが分かりづらい罪がいくつかあります。刑法155条の「公文書偽造」の罪と、刑法159条の「私文書偽造」の罪は、その代表例といえるでしょう。
今回は、両者の違いを、分かりやすく説明します。
結論:国や地方公共団体、公務員が作成する文書か否か
「公文書偽造」は、主に公務員が作成する文書の偽造行為です。罪は「私文書偽造」より重く、処罰範囲も広いです。
一方「私文書偽造」とは、公務員以外が作成する文書の偽造行為です。
そもそも「文書偽造」って何?
刑法における「文書」とは、何らかの事実の証拠となる文章のことです。具体的には、次のようなものが挙げられます。
- 航空機の搭乗券
- パスポート
- 履歴書
- 成績証明書
- 資格試験の合格証明書
- 住民票
- 戸籍謄本(こせきとうほん)
- 領収書
- 借用書
また、文書といっても、紙の上に書かれたものである必要はありません。文書の条件としては、以下の3つがあります。
- 物体の上に明記されている
- 固定されている
- 内容が目に見え、かつ読める
石に文字を削って作成したものであっても、理論上は問題はありません。しかし、パソコンの画面上にのみ存在する文章は、➀より、文書ではありません。
また、砂の上に書いた文字は➁より、音声データや保存された文章データは➂より、文書ではありません。
もし信頼できる文書がなければ、企業や学校は、一人一人申告した情報が正しいか調べなければなりません。
つまり、文書に対する信頼性があることにより、社会における手続き・取引を円滑に行うことができるのです。「文書偽造罪」は、この「文書に対する信頼性」を守るための規定であるといえます。
しかし、一口に「文書に対する信頼」といっても、2種類があります。
1つが、文書の内容に対する信頼、もう1つが作成名義人への信頼です。学校の成績表で考えると、前者は教師(作成権限者)が事実にはない内容の文書を作成すること、後者は生徒が無断で学校長名義で成績表を作ることが該当します。
前者の偽造行為のことを「無形偽造」、後者の偽造行為のことを「有形偽造」といいます。
現在の刑法では、後者の「有形偽造」を中心的な処罰対象としつつ、「無形偽造」についても、補充的に対応しています。
「有形偽造」とは、簡単に言うと「実際に文書を作成した人と、表示されている作成名義人が、異なる」という場合です。しかし、名義人が作成者に、作成する権限を与えている場合には、文書偽造にはなりません。
ちなみに、「文書偽造」の未遂は処罰されません。また、「文書偽造」に該当していれば、社会に何らかの害を与えたか否かに関わらず、処罰の対象となります。
「公文書偽造」をもっと詳しく
「公文書偽造」の罪は、刑法155条で規定されています。
刑法 第155条
1.行使の目的で、公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者は、1年以上10年以下の懲役に処する。
2.公務所又は公務員が押印し又は署名した文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
3.前2項に規定するもののほか、公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は公務所若しくは公務員が作成した文書若しくは図画を変造した者は、3年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
「公文書偽造」とは、公務員が職務により作成すべき文書を偽造する行為のことです。条文にある公務所とは、「公務員が職務を行う場所」のことです。
「公文書」は、公的な書類であるため、私文書よりも高い信頼性が求められます。そのため、「公文書偽造」は、「私文書偽造」よりも処罰範囲が広く、刑が重いです。
特に大きな違いとして、「私文書偽造」の条文にある「権利、義務若しくは事実証明に関する文書でなければいけない」という文言がないことが挙げられます。
つまり、内容を問わず、あらゆる公文書の偽造行為を処罰の対象としているのです。
また、155条の1項と2項は、「有印公文書偽造罪」を規定しています。一方、3項は、「無印公文書偽造罪」を規定しています。
文書に印や署名がある場合には「有印」となり、無い場合は「無印」となります。「有印」には名前の代筆や印刷された文字も含まれるので、公文書の多くが「有印公文書」となります。
「有印」の方が信用性が高いため、刑罰が重くなります。
「公文書偽造」において、ポイントとなるのが、1項の「行使の目的で」という部分です。つまり、行使することを想定した場合に限り、処罰されるということです。
例えば、自宅でただ眺めるために、オールAの成績表を本物そっくりに作った場合は、「公文書偽造」の罪にはなりません。
また、偽造した公文書を実際に行使した場合、158条の偽造公文書行使の罪が成立します。
「私文書偽造」をもっと詳しく
「私文書偽造」の罪は、刑法159条で規定されています。
刑法 第159条
1.行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、3月以上5年以下の懲役に処する。
2.他人が押印し又は署名した権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
3.前二項に規定するもののほか、権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を偽造し、又は変造した者は、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
「私文書偽造」とは、公文書以外の文書のうち、「権利、義務、若しくは事実証明」に関する文書を偽造する行為のことです。
「私文書」は、私的な書類であるため、公文書よりも信頼性が低い傾向にあります。そのため、「私文書偽造」は、「公文書偽造」よりも処罰範囲が狭く、刑が軽いです。
処罰範囲については、「権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画」という制限があります。具体的に、159条に該当する「私文書」としては、次のようなものがあります。
- 領収書
- 借用書
- 私立大学の成績証明書
- 処方箋(しょほうせん)
さらに、「私文書偽造」については、無形偽造(作成権限者が、虚偽の文書を作ること)は、原則として処罰されません。つまり、有形偽造(作成名義人を偽る行為)のみが処罰の対象となります。
例外として、160条の「虚偽診断書等作成罪」があります。これは、医師が診断書に虚偽の記載をした場合に適用されます。
また、「公文書偽造」と同様に、「有印」「無印」に分けることができます。1項と2項が「有印私文書偽造罪」、3項が「無印私文書偽造罪」です。
罪名 | 有印公文書偽造罪 | 無印公文書偽造罪 | 有印私文書偽造罪 | 無印私文書偽造罪 |
---|---|---|---|---|
条文 | 155条1項、2項 | 155条3項 | 159条1項、2項 | 159条3項 |
処罰規定 | 1年以上10年以下の懲役 | 3年以下の懲役又は20万円以下の罰金 | 3月以上5年以下の懲役 | 1年以下の懲役又は10万円以下の罰金 |
「公文書偽造」と同様に信用性の観点から、「有印私文書偽造罪」の方が「無印私文書偽造罪」よりも、刑が軽くなっています。
さらに、偽造した私文書を実際に行使した場合、刑法161条の「偽造私文書等行使罪」が成立します。
まとめ
以上、この記事では、「公文書偽造」と「私文書偽造」の違いについて解説しました。
- 公文書偽造:公務員が作成する文書の偽造
- 私文書偽造:公文書以外の文書の偽造
「公文書」と「私文書」の違いは、漢字の通り、公の文書であるか、私的な文書であるかです。しかし、両者の区別は「民営化」「公営化」によって変化し、曖昧になる可能性があります。
また、同じ教育機関でも、公立学校の文書は「公文書」、私立学校の文書は「私文書」となります。事例に応じて適切に判断しましょう。