刑法には200以上の条文があり、人々がしてはいけない行為が規定されています。そして、その中には「窃盗罪」と「横領罪」のように、違いが分かりづらいものがあります。
「窃盗罪」と「横領罪」は、どちらも人の財産を奪うという点において共通していますが、実は内容は大きく異なります。今回は、両者の違いをわかりやすく解説します。
結論:奪う財産が、相手の手元にあるか否か
「窃盗罪」は、相手が占有している物を盗む罪です。
一方、「横領罪」は、相手が占有していない物を、自分の物にする罪です。
「財物」って何?
人の財産は、法律により守られます。しかし、一言に財産といっても、法律上は大きく2つに分けることができます。
1つが「財物」、もう一つが「財産上の利益」です。「窃盗罪」や「横領罪」が保護するのは、「財物」のみとなります。
「財物」とは、簡単に言うと、物の財産のことです。明確な定義としては、有体性説と管理可能性説があります。
以前は管理可能性説が通説でしたが、現在は有体性説が通説になっています。
有体性説とは、空間の一部を占める有体物を財物と認める考え方です。つまり、固体・気体・液体を財物とするということです。
この考え方では、電気は財物に入りませんが、刑法245条の規定により、電気は例外的に財物と同様に扱います。
一方、「財産上の利益」とは、無形の財産のことです。
具体的には、人に財物を請求する権利や、サービスの提供を受けること、重要なデータを入手することなどが該当します。
「窃盗罪」をもっと詳しく
「窃盗罪」とは、相手が占有しているものを盗む罪です。条文は、以下の通りです。
第235条
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
235条の「他人の財物」とは、他人が所持・管理・支配している財物のことです。つまり、他人が占有している財物を、盗むことで「窃盗罪」が成立します。
占有は、必ずしも直接所持していたり、身に着けている必要はありません。例えば、友人の家に忍び込み、ゲームソフトを盗む行為も、典型的な窃盗罪になります。
「横領罪」との最大の違いは、占有の侵害があるということです。このような犯罪を、「奪取罪」といいます。
「奪取罪」は、相手の所有権と占有を同時に侵害する犯罪行為です。「窃盗罪」の他に、「強盗罪」や「詐欺罪」や「恐喝罪」が該当します。
また、253条にあるように、盗む対象は財物に限定されます。つまり、ライバル会社に忍び込んで、パソコンから情報を得る行為は、窃盗罪にはなりません。
「窃盗罪」が財物のみを保護対象とする理由は、「財産上の利益」まで保護すると、犯罪行為の範囲が広がりすぎてしまうためです。
例えば、仮に「財産上の利益」の窃盗が認められれば、「友人から借りた借金の返済が遅れる場合」や「家賃を滞納した場合」にまで、「窃盗罪」が成立してしまうことになります。
さらに、条文にはありませんが、「窃盗罪」が成立するためには、「不法領得の意思」が必要です。つまり、不法に他人の物を得る気持ちがあって初めて、「窃盗罪」になります。
「不法領得の意思」は、「権利者排除意思」と「利用処分意思」の2つに分けることができます。
「権利者排除意思」とは、財物を所持する人を排除し、自分の所有物とする意思のことです。「利用処分意思」とは、財物の経済的用法に従い、利用・処分する意思のことです。
例1は、他人の財物である自転車を無断で持ち出しています。つまり、客観的には「窃盗罪」が成立しています。
しかし、Aは、使用後に元あった場所に返す気持ちがあり、「権利者処分意思」が認められません。そのため「不法領得の意思」が否定され、「窃盗罪」は成立しません。
しかし、最近の判例・学説は、「権利者排除意思」の認定をゆるくしています。そのため、無断で使用する時間が長い場合やコンビニまでの距離が長い場合には、「権利者排除意思」が認定され、窃盗罪が成立する可能性もあります。
例2も、AはBに無断で、財物である電動のこぎりを持ち出しています。つまり、客観的には「窃盗罪」が成立しています。
しかし、Aが持ち出したのはあくまで「捨てる」ためであり、「利用処分意思」はあったといえません。そのため、「不法領得の意思」が否定され、「窃盗罪」は成立しません。
一方、例2では、「器物破壊罪」は認められます。
「奪取罪」の違い
「窃盗罪」の「横領罪」との一番大きな違いは、「奪取罪」であることです。
同じ奪取罪である「強盗罪」「詐欺罪」「恐喝罪」を、簡潔にまとめると以下のようになります。
- 窃盗罪:盗む
- 強盗罪:無理やり奪う
- 詐欺罪;だまして奪う
- 恐喝罪:脅して奪う
以上4つの「奪取罪」の中でも、「窃盗罪」と「強盗罪」には、相手の意思に反して財物を取得する、という共通点があります。このような犯罪を「盗取罪(とうしゅざい)」といいます。
一方、「詐欺罪」と「強盗罪」は、相手を従わせて財物を取得する、という共通点があります。このような犯罪を「交付罪」といいます。
「横領罪」をもっと詳しく
「横領罪」とは、相手が占有していない物を、不法に得る意思をもって、自分のものにすることです。条文は以下の通りです。
第252条
自己の占有する他人の物を横領した者は、5年以下の懲役に処する。自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、前項と同様とする。第253条
業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、10年以下の懲役に処する。第254条
遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料に処する。
「横領罪」は、大きく3種類に分けることができます。
- 横領罪(252条)
- 業務上横領罪(253条)
- 遺失物横領罪(254条)
252条の「横領罪」は、別名「単純横領罪」とも呼ばれます。3種類ある「横領罪」のうち、最も基本的な規定です。信頼され、預かった物を、自分の物にした場合に成立します。
具体的には「A君に渡しておいて」と言われて渡されたお金を、無断で自分の借金返済のために使用した場合などです。
253条の「業務上横領罪」は、「業務」における「横領罪」です。「業務」とは、典型的には仕事が該当しますが、厳密には「社会生活上の地位に基づき、反復継続して行われる」ものです。例えば、NPO法人の活動や、宗教団体の活動も「業務」に含まれる可能性があります。
「業務上横領罪」は、会社の経理担当が、会社のお金を使い込んだ場合などに成立します。
252条にはない「業務上」という制限がついており、加害者・被害者間の強い信頼関係が想定されています。そのため、刑罰は、「10年以下の懲役」と重くなっています。
254条の「遺失物横領罪」は、簡単に言うと、ネコババに関する規定です。
風で飛んできた一万円札や店員さんが誤って手渡した過剰なお釣りなどを、自分の物にした場合に成立します。
誰の占有ではない「遺失物」を保護対象とする点で、典型的な「単純横領罪」とは異なります。この点で「遺失物横領罪」は、「横領罪」の例外的な規定であるといえます。
「窃盗罪」との最大の違いは、占有の侵害がないということです。
「単純横領罪」と「業務上横領罪」では自分が占有していた財物を、「遺失物横領罪」では誰も占有していない財物を保護対象としています。
つまり、「横領罪」は、相手の所有権のみを侵害しています。このような犯罪を「非奪取罪」といいます。
「横領罪」は、相手の占有を侵害していません。また、自分の手元にあるものは、つい自分のものにしたくなることから、「窃盗罪」にはない、ある種の仕方なさが認められます。
そのため、「横領罪」の刑罰が「窃盗罪」よりも軽くなっています。
また、「横領罪」が成立するためにも、「不法領得の意思」が必要になります。
「窃盗罪」と「単純横領罪」「業務上横領罪」
「横領罪」は、占有の侵害がないため、「窃盗罪」よりも罪が軽くなっています。しかし、「業務上横領罪」については、最大懲役10年の刑罰になるため、罪の重さで言うと、「窃盗罪」と大きく変わりません。
この背景には、「窃盗罪」になくて、「横領罪」にはある、重要な要素があります。それは、「委託信任関係」です。
「委託信任関係」とは、「相手を信頼し、財物を預ける関係」のことです。「単純横領罪」と「業務上横領罪」は、この「委託信任関係」の裏切りがあって初めて成立する犯罪です。
「窃盗罪」と「遺失物横領罪」
「窃盗罪」と「遺失物横領罪」については、「どこまで相手の占有を認めるか」という問題が重要になります。
例えば、過去の判例では「80m離れた店に忘れ物を取りに戻るため、鍵をかけずに路上に停めた自転車」は、被害者の占有となり、「窃盗罪」が成立しています。
厳密に、何メートル離れたら「遺失物」、という明確な基準はありません。事例ごとに、判断を下すことになります。
まとめ
以上、この記事では、「窃盗罪」と「横領罪」の違いについて解説しました。
- 窃盗罪:他人の所有権と占有を侵害する罪
- 横領罪:他人の所有権を侵害する罪
「背任罪」「強盗罪」など、他の犯罪も踏まえて考えると、ややこしくなりますが、しっかり覚えておきましょう。