世の中には、目には見えないルールが多数存在しています。刑法が規定している「暴行罪」や「傷害罪」もその1つです。あなたも、気がつかないうちに「暴行罪」や「傷害罪」を犯しているかもしれません。
しかし、「暴行罪」と「傷害罪」の違いは、一体何なのでしょうか。どちらも、イメージするのは、パンチやキックなどの暴力行為だと思います。
今回は、日常生活ではなかなか知る機会のない、「暴行罪」と「傷害罪」の違いを解説します。「知らなかった」では済まされないのが犯罪です。しっかりと学びましょう。
怪我をしたら「傷害罪」、怪我しなかったら「暴行罪」
「傷害罪」とは、加害者の行為により、被害者の健康状態が悪化した時に成立する罪です。
「暴行罪」は刑法208条、「傷害罪」は刑法204条に規定されています。
そもそも、刑法ってなんだろう
刑法の目的は、将来起こるでろう犯罪を抑止することです。一定の行為をした場合に降りかかる刑罰をあらかじめ明記しておくことにより、犯罪行為に対する心理的な障壁の役割をしています。
逆に言えば、全264条ある刑法に明記されていない行動で裁かれることはありません。つまり、法律がなければ、犯罪ではないのです。このことを「罪刑法定主義」といいます。
結果的加重犯とは?
刑法の典型的な事例は、故意による犯罪行為です。これは、「殺そうと思って殺した」「盗もうと思って盗んだ」「脱ごうと思って脱いだ」というように、自分の意思と結果が合致している場合に該当します。
一方、特殊なパターンとして、結果的加重犯というものがあります。これはある犯罪行為の結果、予想を超える重い罪を犯してしまった場合、重い罪の方が成立することです。傷害罪と暴行罪の関係性においては、この結果的加重犯という概念が重要になります。
典型的な例としては、傷害致死罪があります。傷害致死罪は、ただ傷害を与えるだけのつもりだったのに、結果的に相手を殺してしまった場合に成立します。通常の傷害罪より重く、通常の殺人罪よりも軽い刑罰が規定されています。
刑法が結果的加重犯を認めている理由は、刑法の趣旨通り、未来の犯罪者予備軍に対する警告のためです。つまり、そもそも想定より重い結果が生じる可能性がある、基本的な犯罪行為(例えば傷害罪)を、通常よりも重く処罰することにより、犯罪の抑止へとつなげようとしているのです。
過去の事例では、被害者の左目を蹴り、通常すぐ治るはずの怪我だったのに、被害者が脳の病気を患っていたために死亡したということがありました。
この事件で最高裁は、加害者が「脳の病気」という特殊な事情を知らなかったものの、結果的加重犯は成立するとして、傷害致死罪の判決が出ました。
しかし、結果的加重犯の本来の目的は「犯罪予防」であり、そのためにはより悪い結果発生(暴行したら傷害になる、傷害したら相手が死ぬ)がある程度予見できることが必要とされています。そのため、予見不可能であったにもかかわらず、結果的加重犯を成立させた上記事例には、批判もあります。
「暴行罪」をもっと詳しく
暴行罪は、刑法208条に規定されています。条文は、「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」というものです。
ここでいう暴行とは、「人の身体に対する不法な有形力の行使」のことです。典型的には、殴る、蹴る、平手打ちをする、などの人に対する物理的な力の行使が暴行にあたります。
しかし、直接力を加えなくても、暴行罪になる可能性があります。例えば、「狭い四畳半の室内で、傷つける意図なく、脅かすために日本刀を抜いて振り回す行為」が暴行罪に該当すると認められた判例があります。
その他、唾をかける、水をかける、石を投げるなどが暴行に当たる可能性もあります。
一方、刑法208条でいう傷害とは、人を傷つけ、ケガをさせることです。条文に「人を傷害するに至らなかったとき」とあるように、暴行の結果、相手が怪我をした場合には暴行罪は成立しません。その場合は、傷害罪になります。
「傷害罪」をもっと詳しく
傷害罪は、刑法204条に規定されています。条文は、「人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」というものです。
「暴行罪」と比べると、懲役・罰金ともに範囲が大幅に拡大しています。ここで言う傷害とは、典型的にはケガを指します。条文通りに読むのであれば、指先の切り傷1つできれば傷害に該当することになりますが、実務では、軽微なケガは暴行罪として扱われることが多いです。
傷害罪における傷害の解釈としては、主なものとして2つの説があります。
- 生理的機能障害説
- 生理的機能障害説+身体の容姿・外観に重要な変化を与えること
➀の生理的機能障害説とは、傷害罪における傷害を、「人の生理的機能を障害する」と解釈する説です。具体的には、殴って相手にケガをさせることや、病気に感染させることが当たります。
判例では、隣の家に最も近い窓を開け、連日深夜から未明にかけてラジオや目覚まし時計を大音量を鳴らし、精神的ストレスを与えたことで傷害罪が認められたものがあります。また、自分が性病であることを隠した上で性行為に及び、相手を性病にしたことで、傷害罪となった事例もあります。
一方、➁に含まれる「身体の容姿・外観に重要な変化を与えること」とは、典型的には相手の髪の毛や髭を無断で切ることが当たります。髪の毛を切ることによる健康状態への直接の影響はないため、学者の間でも議論が分かれています。
ちなみに、ドイツの刑法では髪の毛を切ることも傷害罪にあたります。一方、明治時代の日本の判例では、「剃刀で女性の髪を根本から切った」行為は傷害罪には当たらず、暴行罪が成立しています。
また、傷害罪が暴行罪との関連において重要な点は、暴行罪の結果的加重犯として傷害罪が成立し得るということです。
例えば、道に落ちていた石をふざけて(傷害の故意なく)相手に投げた結果、相手の右目に当たり、運悪く失明してしまった事例を考えます。この場合、加害者の当初の想定では暴行罪でしたが、結果としては傷害罪となっています。
通常であれば、故意(殺してやろうとする意思)と結果(殺害)が伴って初めて犯罪が成立しますが、傷害罪の場合、暴行罪の故意と傷害罪の結果により、成立する可能性があります。
例えば、「狭い四畳半の室内で、傷つける意図なく、脅かすために日本刀を抜いて振り回した結果、相手に偶然突き刺さり、死亡した」という実際にあったケースでは、暴行罪の結果的加重犯として傷害罪が成立し、さらに傷害罪の結果的加重犯として傷害致死罪が成立しました。
つまり加害者は、二重の結果的加重犯により、相手を傷つける意図すらなかったのに、傷害致死罪となりました。
204条の傷害罪の規定は、次の2パターンを想定しています。
- 相手に傷害を与えようと思って(傷害の故意をもって)、傷害した場合
- 暴行をしようと思ったが、傷害の故意はなく、結果的に傷害した場合
➀が通常の傷害罪、➁が暴行罪の結果的加重犯としての傷害罪です。
➀➁のケースで、仮に「傷害とならなかった」場合には、208条の暴行罪が成立します。つまり、暴行罪は、傷害罪を補充する規定であるといえます。
まとめ
以上、この記事では、「暴行罪」と「傷害罪」の違いについて解説しました。
- 暴行罪:人に対し、何らかの不法な力を加えたことに対する罪
- 傷害罪:加害者の行為により、被害者の健康状態が悪化した時に成立する罪
「暴行罪」と「傷害罪」の区別で重要となって来るのは、相手を傷つけたか否かです。しかし、暴行という行為自体に、相手を傷つける可能性があるため、常に「傷害罪」となる可能性は視野に入れておくべきでしょう。
また、今後は間違っても家の中で日本刀は振り回さないようにしましょう。