日本語には紛らわしい言葉がたくさんありますよね。
そして、その中には区別して使わなくてもいい言葉もありますが、区別できないと困る言葉もあります。
特に、日常会話で出てくる言葉は、間違って使ってしまうと常識を疑われてしまうこともあるかもしれません。
例えば、「不憫(ふびん)」と「憐憫(れんびん)」は日常会話で出てきますが、漢字が難しいです。
そのため、意味をよく知らないという人も多いのではないでしょうか。
そこで、今回は「不憫」と「憐憫」の違いについて解説していきたいと思います。
結論:使いかたが異なる
一方、「憐憫」は「かわいそうに思うこと、あわれむこと」という意味で、名詞としてしか使えません。
つまり、「不憫」は名詞としても形容動詞としても使えますが、「憐憫」は名詞としてしか使うことができないのです。
「不憫」をもっと詳しく
「不憫」は「かわいそうなこと、あわれむべきこと」という意味で、名詞としても形容動詞としても使えます。
そのため、形容動詞として、「不憫な子」などのように用いることができます。
そして、「不憫」は日常会話の中で用いられることが多いでしょう。
ちなみに、「不憫」はもともとは「不便」と表記していました。
そして、「不便」は古語では「都合が悪い」という意味を表していました。
その後、「不便」には「かわいそう」という意味も生まれます。
これは、現代の意味と異なりますよね。
ですが、やがて「不便」は主に「便利でない」という意味で使われるようになります。
すると、「不便」が「かわいそう」という意味を表しているのか、「便利でない」という意味を表しているのか、わかりにくくなってしまいますよね。
なので、「かわいそう」という意味で使われる時には「憫」の字をあて、「不憫」と表記することにしたのです。
ちなみに、「憫」は「かわいそう」という意味を表していて、「不」は「〇〇ではない」という意味を表していますよね。
そして、この2つの漢字を組み合わせてできた「不憫」は「かわいそうではない」という意味なのではないか、と考える人もいます。
しかし、上で説明した成り立ちを考えれば、「かわいそうではない」という意味にはならないとわかるでしょう。
「不憫」の使われかたの例
- 貧乏な家に生まれてきてしまった私の息子が不憫でならない。
- 身内に不幸があったのに、じっと我慢して泣かないでいる女の子が不憫だ。
「憐憫」をもっと詳しく
「憐憫」は「かわいそうに思うこと、あわれむこと」という意味で、名詞としてしか使えません。
まずはそれぞれの漢字の意味から見ていきましょう。
まず、「憐」は「レン」もしくは「あわれむ」と読み、「気の毒に思う」「いとおしむ」などの意味を表します。
また、「憫」は「ビン」もしくは「あわれむ」と読み、「気の毒に思う」という意味を表しています。
つまり、「憐」も「憫」も同じような意味を表しているのです。
ちなみに、「憐憫」は「憐愍」と表記される場合もあります。読み方は同じです。
また、「憐」は「リン」と読まれることもありますが、それは間違いです。
そして、「憐憫」は基本的には他人に対して使われる言葉です。
自分に対して用いられることは基本的にありません。
また、上の立場の人が下の立場の人に対して同情し、あわれむ時に用いられることが多いでしょう。
そのため、同じくらいの立場の人や、目上の人に対して用いられることはあまりありません。
また、「憐憫」は文学作品などでよく使われる言葉です。
一方、基本的に日常会話では用いられません。
さて、ここからは「憐憫」を用いた表現について見ていきましょう。
「憐憫」を用いた表現
憐憫のまなざし
「憐憫のまなざし」とは、相手をあわれみをもって見つめることです。
憐憫をもよおす
「憐憫をもよおす」とは、「かわいそうだな」という気持ちを起こさせるような状態のことです。
憐憫をたれる
「憐憫をたれる」とは、「かわいそうだな」という気持ちを相手にかけることです。
自己憐憫
「自己憐憫」とは、心理学用語で、自分はかわいそうだと思ったり、自分は世界一不幸だと思い込んだりすることです。
そして、落ち込んだり、うつ状態になったりしているのではなく、自分のことを「かわいそうだ」と思って、自分に酔っている状態のことを表します。
「憐憫」の使われかたの例
- 喧嘩に敗れて傷だらけになった友達に、思わず憐憫のまなざしを向けてしまった。
- これは、憐憫をもよおすような状況だ。
まとめ
以上、この記事では、「不憫」と「憐憫」の違いについて解説しました。
- 不憫:名詞としても形容動詞としても使える
- 憐憫:名詞としてしか使えない
「憐憫」よりも「不憫」のほうが広い範囲で使える言葉だったんですね。
この2つの言葉をうまく使っていきたいものです。